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 25歳ではじめてNY出張をしてから、この町の魔力にとりつかれたわが人生。この15年間において、もう30回は太平洋を横断したろうか。とはいえ、
いつもマンハッタンを練り歩くのが主で、車に乗って郊外へ出かけたことはほとんどなかった。今回は、現地在住の日本人スタッフのおすすめもあり、車に乗ってニュージャージーとその北部の郊外に出かけ、これまでと違うアメリカに出会うこととなった。今回は高級食品マーケットをいくつかチェックしてみたが、その中でとりわけ気になったのがスチューレオナードである。創業は1969年。店名は創業者の名前で、現在は長男が社長をつとめ、1号店は彼が見ており、2号店・3号店は創業者の息子たちで経営をしている。今回は創業の精神がそのまま店に反映されているという1号店を訪問した。それはNYから車で1時間ほどいったコネチカット州にある。マンハッタンからちょうどいいドライブになる。高級住宅街であり、緑が多く、マンハッタンの喧騒とは程遠い環境である。店の入り口には石碑があり、「OUR POLICY」と書かれた創業の理念が印象的である。「お客様がいつも正しい」彼らのルールはお客様なのである。この思想はマーケティングの基本中の基本であり、現在の日本でもこのまま通じる。入口にてまず自分たちの思想をきちんと表明していることが素晴らしい。そして店に一歩足を踏み入れると、焼きたてパンのコーナーが広がる。奥の工房でパンを焼いているため、美味しい香りが店内に広がる。嗅覚のプロモーションが効果的であることは知っていたが、パンやコーヒーの香りは食欲・購買意欲を掻き立てるに抜群の効果をもたらすことを再確認。奥から次々と出てくるパンの豊富なアイテムと量! おまけに試食コーナーが各コーナーで設置されている。焼きたてふわふわのパンが口の中で広がる。知らないうちに買い物籠にパンを入れてしまう。試食した人は必ず買ってしまうのではないかと思われる。次にフレッシュコーヒーのコーナー。珈琲は大人の嗜好飲料であるが、ここではゴディバのコーヒー豆など、甘い香り漂うフレーバー珈琲の種類も豊富で、これらがこれまた磁石のようにお客を売り場に引き寄せる。ここのポイントは量り売りである。曳き立てコーヒーを買うだけでなく、その場ですぐに飲めるサービスカウンターも常設されており、買い物ついでにちょっとスタンドバーで1杯というお客さんもちらほら……。珈琲の試飲も兼ねているのだろう。そこで美味しければ好きなだけ買ってくことができる。
そしてその裏には、この店の歴史を語る「牛乳売り場」がある。もともとこのスチューレオナードは牛乳製造所だったそうだ。牛乳屋がいつしかパンを自前で焼き、コーヒー、生鮮品まで……取り扱うようになった。総合食品スーパーとなった今でも、牛乳はこの店でパックし、販売している。店内からガラス越しに牛乳パック詰めラインが見られることで、創業時から変わらない新鮮な商品を提供し続けている姿勢を来店客にアピールする効果がある。これらの乳製品はもちろん自社ブランドで販売されており、ここにも試飲コーナーがあり、いくらでも試すことができる。ファミリーサイズから飲みきりサイズまで、また一般のミルクからチョコ味・フルーツ味など子ども用の飲料まで多様である。
その次に生鮮品売り場が続く。魚も肉も大変新鮮で上質なものばかりである。ここではカットされた商品はひとつもなく、お客の要望に応じて、好きな大きさにカットしてくれる。すべて対面販売である。しかも、販売スタッフは熟年の人が多い。きちんと笑顔でお客さまに応対しているのが好印象である。デリコーナーも充実している。もちろん店内のキッチンで調理している。最後は青果売り場。このディスプレイが素晴らしい。商品を乱雑に積み上げるのではなく、同じ向きに整然と並べられている。赤・緑・黄・白……色彩豊かな野菜たちが、たっぷりと陳列されており、お客は何の心配・不安もなく、好きなものを好きなだけ購入することができる。
ここでもやはり途中で試食コーナーがある。この店を一巡するにはたっぷり時間が必要。ついつい長居してしまうのだ。新鮮なパイナップルを目の前でカットし、食べさせてくれる。たとえ試食した商品をそのまま籠に入れなくとも、ここで店のスタッフとお客とのコミュニケーションができ、お客はこの店が好きになり、もう1品多く買うことになる。……それが当店独自のセールスノウハウなのであろう。興味深いのは品揃えや売り方だけではなく、売り場の構造である。最近のスーパーマーケットに多い、整然と整理されたレイアウトではなく、遊園地のような間取り。迷路のようでもある。次には何が出てくるのだろうと期待に胸弾む。気がついたら1周していたという感じ。所々に近道もあったりする。天井で汽車が走っていたり、楽器を演奏する動物がいたり、着ぐるみをきたスタッフが店内を巡回し、子どもたちに「いらっしゃい」と声をかけ、握手する。ぐるりと一回りした頃には、近所での買い物のように籠がいっぱいになってしまった。一般食品だけでなく、惣菜もなかなかのもの。MRSレオナードというブランドで、社長婦人自身がそれに携わっている。ミセスおすすめのクラムチャウダーはなかなか。知人に進められるままカップにスープを注ぐ。そして、キャッシャーへ。20台ぐらい並んでいるが、どのカウンターにもスタッフがいるため、待たされることがない。レジには、「良い接客をしたスタッフがいたら教えてください」という投票用紙があり、それにこちらが気がつくと、目の前のスタッフはすぐに自分の制服に名札がついているか確認していた。(投票してくれるかなと思ったのだろう)常に見られているという緊張感が素晴らしい接客につながることを発見した。
会計後、楽しみはまだまだ続く。「あなたの町でこの店の袋をもって写真を撮ったら送ってください。」というアトラクション?である。世界中でこのレオナードの袋をもった人々が写真を撮り、送ってくる。それが店内のボードに掲示されている。1枚の大きなボードはレオナードのショッピングバッグをもったお客さんの写真でいっぱいだ。(私も帰国後、これを実行してみようと思っているので今だにそのバッグを捨てないでいる)なんと楽しいコミュニケーションか。さらに、社長の写真入りのメッセージボード。「意見・ご要望があったらこれに書いてください。翌日には解決します」というもの。実際に、そこで専用シートに記入しているおばあさんをみつけた。
私たちは購入したカリフォルニア巻き(日本人の職人が握っていた)とマンハッタンクラムチャウダー、コーンブレッドなどをそのまま店外のイートインコーナーにて、試食した。休日はこのコーナーはいっぱいになるそうだ。今買ったものを店のイートインスペースですぐに楽しくいただくことができる。これも日本にはないサービスである。
とにかく店にいて楽しかった。とにかく買い物が五感で楽しめるのである。商品も人も店もやさしいのである。地域に密着し、出来立ての新鮮な商品をきちんと提供している、その真面目な取り組み姿勢が店のどこからも伝わってきた。(あとで近所の住人に聞いてみたら、ここの価格は他店と比べて高いときいた)そのあと、車を走らせ、ニュージャージーのホールフーズやプリンストンのウェグマンにも出かけた。これらもそれぞれがしっかりした高品質の商品をたっぷりと提供しており、健康ににも気を配っている。一方デリもホテル並の高級グルメであったり……と魅力たっぷりであり、ニューヨーク郊外の富裕層にはこれらの店が愛用されるわけが納得できた。
しかしながら、さきほど書いたスチューレオナードはそれ以上の愛着を感じる店であった。当店は先述のとおり現在3店舗まで広げ、売り場面積も拡張しているようであるが、現地スタッフによると、やはり1号店がおすすめという。店を拡大すればするほど操業の精神は薄らいでしまう。ここが事業拡大の落とし穴かもしれない。
アメリカでは最近、健康について真剣に考えていこうとする社会的風潮が顕著であるが、いずれにしても、古きアメリカのよき精神が見直されることで、このような病的社会現象も緩和されていくのではないかとも思われる。
あの緑豊かな住宅地に存在したレオナードのような店は日本には存在するだろうか。やはり、買い物はわくわく行為でなければならない、そして商売は自らの理念をきちんと全うすることこそが大切である。
ニューヨークは奥深い。今後も時々郊外に出かけよう。古くて新しいものを発見する……これは私たちにとって大変重要な行為である。